摂津市三島三丁目、山田川沿いに鎮座される。「天満宮誌」 によれば、後柏原天(1500年~1526年)の時代、源満仲の弟多田満政の九代の孫、摂津国止々呂美城主馬場兵衛信高の九代の孫の馬場当時郎尚久という者が、味舌郷の一邑を開拓し、ここにその氏神である八幡大神 (誉田別尊)を勧請し、馬場宮と号したのが起源。
尚久三世の孫馬場尚次の時に淀川が氾濫して田畑が荒廃したので、尚次が荒田を修復している時、菅原道真の霊代を発見したので、これを奉じて馬場宮に合祀しました。
織田有楽斎の五男、大和国柳本藩主大和守尚長は味舌の地で誕生したため、寛永12年 (1635年) 現在の社殿を造営、この時に八幡大神を本社から移して摂社とし、菅原大神を主祭神とするようになりました。
周辺マップと路線経路
味舌神社 入口
【社号標】
大阪高槻京都線沿いに社号標があり、ここから住宅地をまっすぐ歩くと入口。
【入口】
【鳥居】
【味舌天満宮本殿・摂社八幡神社本殿案内板】
味舌天満宮本殿・摂社八幡神社本殿
本殿案内板より
現社殿は、大和柳本領主織田大和守尚長が寛永十二年(一六三五)に造営したものである。
尚長は、織田信長の弟である長益(有楽斎・茶道有楽流の祖)の五男で、味舌(現在の正雀三丁目付近)で生まれた。
両殿は、檜皮葺屋根で正面の柱の間が一つしかない一間社流造で、天満宮本殿は正面に千鳥破風をつけ庇に軒唐破風を飾る。また正面に四つの墓股を置いて、桁を支える意匠は珍しく、江戸時代前期の特徴がみられる。
なお両殿の欄干の擬宝朱銘は全く同じである。
摂津太田郡味舌村 天神社
織田大和守尚長
奉行 小関六郎左衛門
同蒔田藤兵衛
寬永十二年乙亥年九月吉祥日
大阪府指定有形文化財(平成五年十一月二十四日)
鳥居の両サイドに古い狛犬。
草木に隠れて正面からは見えない。
【手水舎】
摂社 八幡神社
【鳥居】
【狛犬 阿形】
【狛犬 吽形】
小さめの社殿。
境内の入ってすぐ南側に八幡宮が鎮座されています。朱塗りの社殿、檜皮葺屋根の一間社流造。寛永12年(1635年)に織田尚長が造営。平成5年11月24日、摂社八幡社が本殿と共に大阪府指定文化財に指定されました。
【神牛舎】
【遥拝所】
末社 春日神社
末社 稲荷神社
【朱鳥居】
【拝殿】
拝殿内に小さな狐。
味舌神社 社殿
【狛犬 阿形】
【狛犬 吽形】
【社殿】
鳥居をくぐり、参道を進むと正面奥に社殿があります。
【拝殿内】
【本殿】
本殿右側から撮影。
檜皮葺屋根の一間社流造に千鳥破風と軒唐破風。寛永12年(1635年)に、現在の正雀三丁目付近で生まれた織田尚長が造営したもので、貴重な建築として平成5年11月24日、 八幡神社と共に本殿が大阪府指定文化財に指定されました。