大阪の神社

大阪の神社

桓武天皇の時代からの由緒や歴史があり、小高い丘に鎮座する。
枚方市 走谷 加茂健豆美命神社(かもたけずみのみことじんじゃ)

創建年月は不詳。加茂健美命神社の案内によれば、桓武天皇かんむてんのうの勅命により和気清磨呂公わけのきよまろが、この地を河内の一の宮として、『賀茂の大神』を祭られたのが始まり。
大阪の神社

苅屋姫が蹉跎(あしづりすること)して悲しまれた事で、旧跡を蹉跎と名づけられたのが由来。
枚方市 南中振 蹉跎神社(さだじんじゃ)

創建は天暦五年(九五一年) 蹉跎山に社殿を造営し、木像を祀り、近隣二十五箇村の産土神うぶすなのかみとしたのが当社の始まりと社伝に伝えられる。
大阪の神社

京都守口線と木屋門真線沿いにある元は池田中・池田川・池田下の旧三ヶ村の産土神。
寝屋川市 池田中町 菅原神社(すがわらじんじゃ)

菅原神社の創建の年月は不詳です。境内にある本殿解説板によると元は池田中・池田川・池田下の旧三ヶ村の産土神で、祭神は琴平神社の祭神、大国主命であったが、正暦年間に菅原道真公を合祀して天満宮と呼ばれ、のち氏神社と改め、門田神社とも呼んだ。
大阪の神社

河北大明神の祭神は天照大神、産土神として鎮座。宝永元年からの新田開発を行った地、元は開発にも従事した人々の朝夕の集散場所だったという「河北」発祥ともいえる神社。
寝屋川市 河北西町
河北大神社(かわきただいじんじゃ)

寝屋川と清滝川に挟まれた少しくぼんだ土地に鎮座する。境内は全体的に小さく荒涼感がただようが、地元消防団の倉庫、集会所があり、地域の氏神様としての役目を果たしている。 また、この辺りは河北の地域と東大阪(日下町)の新田開発の中心だったそうで、開発に従事した人たちの集散の場所でもあったという歴史ある神社。
大阪の神社

民家に囲まれている天乃神社の境外摂社。 ほとんど朽ちてしまっている古い狛犬がいる守口市の神社。 守口市 橋波西之町 市杵島神社(いちきしまじんじゃ)

天乃神社の境外摂社、市杵島神社。大枝神社も近くにある。貞享四年(一六八七年)に牧野越中守より御祭神市杵嶋姫神を下賜され天乃神社に合祀せられた。 御祭神はその後、正徳二年(一七一二年)に摂社厳島神社(現市杵嶋神社)として遷座せられると。 戦後、御祭神の市杵嶋姫神の名を取り市杵嶋神社と記載されることとなる。戦前までは、橋波の「弁天さん」、「いちきねさん」と親しまれた。
大阪の神社

神社の森は鎮守の森として地元の人々に守られてきた。小高い丘に鎮座する。
寝屋神社(ねやじんじゃ)
寝屋川市 寝屋南

神社庁のホームページによると、八幡宮を八幡より勧請して斎祭ったもので平安中期以後の造立と思われるとのこと。
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古事記や日本書紀に記述されている日本最古の堤防の伝承地、茨田堤(まんだのつつみ)が残存する堤根神社(つつみねじんじゃ) 門真市宮野町

大阪府門真市にある神社。 淀川の支流・古川の南岸のかつての茨田堤に鎮座する。 茨田堤まんだのつつみの鎮守として創建されたもので、延喜式神名帳に記載される式内社であるが、門真市内には堤根神社が二社あり、どちらも式内社と称している。
大阪の神社

“坐摩神社”と書いて“いかすり神社”と読む。本町のオフィス街の中にあり、地元では“ざまさん”と呼ばれ親しまれる。また渡辺さん・渡部さんのお名前発祥の地と言われる。 大阪市中央区久太郎町 坐摩神社(いかすりじんじゃ)

久太郎町4丁目渡辺3号に鎮座する。 通称「ざまさん」と呼ばれ親しまれる船場の氏神様の坐摩神社いかすりじんじゃ。摂津国一之宮であり、旧官幣中社で、御祭神の坐摩大神いかすりのおおかみは、神武天皇の在位期間、宮域を守る神様として宮中に祀られたのが起源とされる。
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大阪市 中央区 淡路町 船場のごりょうさん 御霊神社(ごりょうじんじゃ)

御霊神社は、大阪市中央区淡路町にある神社です。嘉祥3年から大阪湾岸の圓江で行われた八十嶋祭の祭場とされた圓神詞に、瀬織津比売神、津布良彦神、津布良媛神が祀られると、社はやがて圓神社、圓江神社、津村神社と呼ばれるようになり、摂津国津村郷の産土神社となりました。
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市街地の中にある神社。緑が豊かな大枝神社(おおえだじんじゃ) 守口市 大枝東町

守口市、大枝東町に鎮座する神社。大枝神社の創建の年代は不詳だが、境内に現存する石造物により推して三百年前頃とのこと。
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