大阪市 中央区 道修町 少彦名神社・神農さん(すくなひこじんじゃ・しんのうさん)

大阪の神社

少彦名神社は、大阪市中央区道修町にある創建、安永9年(1780年)の神社です。別称として神農さんと呼ばれます。
大阪で多くの製薬会社が集まる地域で、ビルの谷間に鎮座します。健康、医薬の神社です。ご利益は病気平癒など健康にまつわるものですが、ペットの健康祈願もあります。

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古くから和薬の検査所や薬種業者が集まる薬の町、道修町にあり、医薬の安全を祈願してもともとあった中国医薬の祖神である神農炎帝しんのうえんていの社に日本の医薬の祖神、少彦名命(京都の五條天神社より分霊)を合祀したことに始まります。現在も「神農さん」として親しまれる日本医薬の総鎮守です。神農は、古代中国の伝承に登場する三皇五帝の一人で、人々に医療と農耕の術を教えたといわれています。神農大帝と尊称されていて、医薬と農業を司る神とされています。

江戸度末期に大阪で伝染病(コレラ)が流行した歳、薬と共に「張子の虎」を配ったところ病気が治ったという言い伝えから、虎が神社のシンボル的な存在になりました。

毎年11月22日、23日の神農祭は、現在も約400社の薬業関係企業で構成される「薬祖講」の行事として行われており、大阪市無形文化財に指定されています。

少彦名神社の基本情報

【名称・別称】
少彦名神社すくなひこじんじゃ 神農しんのうさん、道修町の神農さん、大阪のお伊勢さん

【鎮座地】
〒541-0045
大阪府大阪市中央区道修町おおさかふ おおさかし ちゅうおうく どしょうまち2-1-8

【御祭神】
少彦名命すくなひこなのみこと 神農炎帝しんのうえんてい

【社格】
旧無格社きゅうむかくしゃ

【創建】
安永9年(1780年)

【ご利益】
病気平癒・合格祈願・厄除祈願

【祭り・行事一覧】

日時内容
1月1日歳旦祭
1月4日~1月7日新年祈願祭
1月11日ペットの初詣・健康成就祈願祭
2月3日節分祭(護摩木神事・振舞いぜんざい)
2月17日祈年祭
3月3日桃花祭
4月17日鎮花祭
6月1日~30日夏越の祓
7月7日七夕祭
8月25日大阪医薬品元卸商組合式年祈願祭
10月17日神嘗祭
11月22日~23日例大祭/神農祭
12月冬至冬至祭
12月31日年越大祓
1・15・23日月例祭
毎月23日献湯祭神楽奉奏(湯神楽奉奏)
記載されている予定は実際とは異なる場合があります。お出かけの際は当該施設までお確かめください。

周辺マップと路線経路

画像出典:© OpenStreetMap contributors

【北浜駅構内にある少彦名神社の看板】

11月22日・11月23日には神農祭が行われます。大阪の祭りは、今宮戎神社の「十日戎」で始まり、少彦名神社の「神農祭」で終わるため、神農祭は「止めまつり」または「とめの祭り」と称されています。

少彦名神社の入口

ビルの谷間にあるので看板を見落とすと通り過ぎてしまいそうです。

社務所・くすりの道修町資料館

くすりの道修町資料館は、少彦名神社の境内に併設されています。

健康祈願の大きな絵馬と金の虎。1980年(昭和55年)10月建立。

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注連柱(参道入口正面)

右側には定給療病方咸蒙と刻まれています。

左側には其恩頼 正二位伯爵源通禧書と刻まれています。

大国主命が、少彦名命とともに、国を治め、人々や家畜の病気の治療法を定めて 獣や昆虫の害をはらう まじないを教え、万民に至るまで その恩恵をこうむっていた(日本書記)

社務所横の通路

社務所の横に通路がありますが授与所の列に並ぶ感じでした。

【絵馬掛け】

春琴抄の碑

春琴抄の碑
「春琴抄」 (昭和八年・一九三三)は、谷崎潤一郎が道修町を舞台に借りて、松子夫人に対する思慕を、架空の人物ーー
幼時に失明した琴三の天才春琴と、彼女に身的に仕える佐助に託して創作した、日本近代文学史上屈指の名作である。
菊原初子師は、谷崎邸への出稽古に、菊原琴治検校の手を引いて行った。
その父娘のことが、作品に生かされているという。当年百一度、地唄箏曲の人間国宝で、かつて一丁北の伏見町から、集英(現間平) 小学校に通った人である。
三島佑一 記 (前 四天王寺国際仏教大学教授)

平成十二年十月吉日建碑 道修町資料保存会

参道

ビルの谷間に風鈴。

【灯籠】

明治四十三年建立。

【少彦名神社略記】

神農さん 少彦名神社略記
本殿・拝殿 国登錄有形文化財指定
御祭神
少彦名命・・・日本の薬祖神
神農氏・・・・古代中国の皇帝で特に農耕、医薬、交易を司った。
御神德
薬、医療、健康、温泉、国土開拓、造酒 の神と古くから言われているが、特に薬の神、健康増進の神として御神徳が発揚されている。
例祭日
神農祭(大祭)毎年十一月二十二日~二十三日
昔から大阪の一年間の祭は正月の「ゑびす祭」で始まり、当社の「神農祭」で終わるため、別名「とめの祭り」とも言われ、大阪年中行事の一つに数えられている。
月例祭 每月一日、十五日、二十三日
献湯祭 每月二十三日

御鎮座
道修町には、明暦四年(一六五八)頃から薬種商が集まっており、享保七年(一七二二) 一二四軒が幕府より道修町薬種中買仲間として公認された。
この仲間が生命に関する薬を神の御加護のもとに間違いなく取り扱えるよう、中国の薬祖神・神農氏と共に、安永九年(一七八〇) 京都・五条天神から少彦名命をお招きして、仲間会所(現在地)にお祀りした。
張子の虎
文政五年(一八二二) 大坂で疫病(コレラ)が流行した時、道修町薬種中買仲間が疫病除け薬として「虎頭殺鬼雄黄圓ことうさっきうおうえん」という丸薬を施与すると共に、「張子の虎」を造り、神前祈願の後、病除け守りとして授与した。それ以来「張子の虎」は、家内安全、無病息災のお守りとして世に知られるようになった。
注連柱(しめばしら)(参道入口正面)の文字について
定給療病方咸蒙 其恩頼 正二位伯爵 みなもと 通禧みちとも(東久世通禧)
やまいをおさむるのりをさだめたまひ、みなそのみたまのふゆをかがふれり
(出典 日本書紀巻一 神代上)

略記 案内板より

少彦名神社参道には製薬のサンプルが飾られています。

境内の様子

【鳥居】

【扁額】

【御神木】

【天赦大開運日限定の一粒万倍みくじ】

少彦名神社 社殿

本殿、幣殿、拝殿(国登録有形文化財) 1910年(明治43年)再建。御祭神は薬・医療・温泉・国土開発・醸造・交易の神ですが、少彦名神社では、薬の神として健康増進、交易の神として、また、商売繁盛のご神徳があるとされています。

【拝殿】
安政5年(1822年)に大阪でコレラが流行しましたが、道修町の薬種仲間が疫病除薬として「虎頭殺鬼雄黄圓ことうさっきうおうえん」という丸薬を調合し、少彦名神社の神前で祈祷し、罹患者りかんしゃなどに施しました。それに合わせ、「張子の虎」を配布しました。その薬の効能が高かったため、「張子の虎」の御守がよく知られるようになりました。

この日は天赦日、一粒万倍日だったので天赦大開運の幕が掛かっていました。

伊勢神宮遥拝所

社殿の右側に伊勢神宮遥拝所があります。伊勢講から始まった神社でもあるため、伊勢神宮のお札を求める参拝者で正月は賑わうそうです。

お社の両サイドに大黒天恵比寿様

お社の前には七福神が勢揃いでした。

屋久杉五社明神

境内の右側に鎮座されます。

屋久杉五社明神
宮司家代々祭祀御祭神
水天宮すいんぐう 安産
金毘羅宮こんぴらぐう 金運
猿田彦社さるたひこしゃ 開運
天鈿女社あめのうずめしゃ 諸芸上達
天満宮てんまんぐう 学問
五社明神の御神徳を御受けください

【手水鉢】

幸せ波うさぎと天赦日限定御朱印

左は【幸せ波うさぎ】です。波にのって更なる飛躍をするという縁起の良い波うさぎの御守です。右は天赦万倍大開運御朱印です。鳳凰と波が描かれた金紙の御朱印。

Googleマップ 少彦名神社

少彦名神社 · 〒541-0045 大阪府大阪市中央区道修町2丁目1−8
★★★★☆ · 神社

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