鶯(うぐいす)の名所に関所があったことから「鶯の関」とも言われ鶯関神社として堀溝の地域に鎮座する。 鶯関神社(おうかんじんじゃ) 寝屋川市 堀溝

大阪の神社

寝屋川市の最南端、門真市巣本と四條畷市蔀屋に挟まれた地域にある鶯関神社。堀溝の里は東に生駒山、飯盛山の峯々を目の前にして、氏神様が祀られている。
奈良街道の交通の要衝であった堀溝の里に関所を設けられ近年までうぐひすの名所であったところから「鶯の関」とも言われ現在の堀溝の地域の中に鶯関神社として鎮座されている。

基本情報

【神社名】
鶯関神社おうかんじんじゃ

【鎮座地】
〒572-0814
大阪府寝屋川市おおさかふねやがわしほりみぞ堀溝2-12-20

【御祭神】
天照皇大神あまてらすおおみかみ菅原道真公すがわらのみちざねこう野々宮大神ののみやおおかみ
末社
天神社てんじんしゃ
【祭日】
例祭  十月十六日

【書籍】寝屋川今昔写真帖―保存版

鶯関神社マップと路線経路

最寄り駅は京阪萱島駅、またはJR四条畷駅。

画像出典:© OpenStreetMap contributors

鶯関神社入口

【鳥居】

鳥居の「鶯関神社」の額は、従五位勲四等じゅごいくんよんとう大邨屯の書であり、社頭額は(明治二十五年)十月、山階宮晃新王やましなのみや あきらしんのうの御筆とのこと。嘉永七年(一八五四年)に建立されたもの。

【手水舎】

手洗鉢には、天満宮明和四丁亥五月の銘があり鶯関神社と称されたのは、明和四年(一七六七年)ころと伝えられている。

社殿

【御祭神】

天照皇大神

隣の公園から本殿を撮影。

寝屋川市の保存樹

寝屋川市が保存樹として指定した樹木が四本ある。

こちらはムク 樹齢250年

鶯白龍大神の大クス こちらの樹齢は500年との事。

こちらのクスノキは樹齢250年

こちらはイチョウ 樹齢250年

保存樹以外にも樹木が育っている。

末社 天神社

【御祭神】

野々宮大神・菅原道真公

鶯関神社周辺

鶯関神社前は古民家が並びと守口街道(古道)とのこと。

守口街道を進むと大念寺がある。

古い道標

【守口街道、清滝街道の道標】

さらに進むと古い道標。ここで守口街道が終わり、四條畷市方面へ清滝街道が始まる。

【清滝街道の起点の道標】
かなり読みにくいですが、正面には
“これより東清瀧”
裏面には
“延宝三乙卯年(1675)”
と刻まれているとの事。
こちらは四條畷市になり同市に現存する最古の自然石道標。

【清滝街道道標の横に立つ立札】

ぬれながら 旅人守る 道標

立札より

【清滝街道の今昔】

清滝街道の今昔
本市の中央部を東西に貫く古道は、清滝街道と呼ばれ、多くの人びとに利用されてきた。
蔀屋西端から東へ山間を越えて下田原に至り、磐船街道と交叉する約7kmのこの道は、古代より河内と大和を結ぶ重要な道であった。
戦後は国道163号線として整備され、平成2年には清滝トンネルが開通し、急坂が解消されて、いよいよその重要度が増している。
数字を付して西から古道をたどると①は本市でも最も古い道標で「これより東清滝」と刻まれ、延宝3(1675)年に建てられている。②蔀屋浜は寝屋川舟運の要地であった。道は清滝川北岸沿いに外環状線を横断、体育館を左に東進する。
③雁塔・西征戦死招魂碑の前を過ぎ、JR片町線の踏切を過ぎると④中野派出所前。ここは明治7年に中野屯所が設置された所。児童公園は旧役場跡地で、このあたり約100mは東高野街道と重なる。⑤道標を過ぎ東進すると、左の高台は⑥白鳳時代創建の旧正法寺跡。清滝川の北岸をたどり⑦国中神社の鳥居をくぐり約800m登ると163号線と交叉する。ここかは先は国道改修工事により姿を変えているが、一部は山間の古道の姿を残している。⑧水道局ポンプ場からは古道が整備され、登りつめた右側には⑨府指定文化財の五輪塔がある。
峠から東は街道と国道がつかずはなれず下田原へと続き、集落の入口で分かれて東に進む。⑩天満宮、⑪珍しい墓塔型の道標を見つつ東に進み⑫前川橋を渡る。北200mには⑬耳なし地蔵を祀る法元寺。南に200mには⑭照涌井戸。道は川沿いに進み高橋を渡り、磐船街道と交わる。橋の手前には⑮大正八年建立の府道境標石がある。

四條畷市 清滝街道の今昔

鶯関神社大阪府神社庁ホームページ解説

当社は、堀溝の里は東に生駒飯盛の峯々を目の前にして、氏神様が祀られています。奈良時代行基菩薩が開かれた奈良街道の交通の要衝であった堀溝の里に関所を設けられ近年までうぐひすの名所であったところから「鶯の関」とも言われ現在の堀溝の地域の中に鶯関神社として鎮座されています。当社より北西三〇〇メートルのところに「野々宮塚」があります。当鶯関神社は、元々京都嵯峨の野々宮と同様(天照皇大神)を御祭神として天皇即位のとき伊勢神宮に奉仕された斎官が立ち寄られた由緒ある神社であります。江戸初期(永井濃守尚政)が領主であった時代、鶯の関所趾に野々宮から神社を移し菅原道真公を合わせ祀るようになったと伝えられています。その後、天満宮と称し現在の大念寺(寝屋川市堀溝)が旧跡地であるとされています。
藤原時代康資王の母君が詠まれた歌集に

 我が思ふこころも尽きぬ
  ゆく春を越えずもとめよ
   うぐひすの関

とあります。境内の手洗鉢には、天満宮明和四丁亥五月の銘があり鶯関神社と称されたのは、明和四年(一七六七年)ころと伝えられています。鳥居の「鶯関神社」の額は、従五位勲四等大邨屯の書であり、社頭額は(明治二十五年)十月山階宮晃新王の御筆であります。境内の石造物のうちで最も古い鳥居の柱貞享元年(一六八四年)の銘は玉垣の中に残されています。現在の石の鳥居は、嘉永七年(一八五四年)に建立されたものであります。境内には大木がうっそうと茂って厳かな神社です。境内には、末社天神社(野々宮大神・菅原道真公)が御祭神として祀られています。(追)末社天神社は、平成十七年九月二十五日に大念寺より当社へ移されました

大阪府神社庁ホームページより

Googleマップ鶯関(おうかん)神社

鶯関(おうかん)神社 072-893-1212
鶯関(おうかん)神社 · 〒572-0814 大阪府寝屋川市堀溝2丁目12−20
★★★★☆ · 神社

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